パパのお父さんはへっぽこ小児科医

へっぽこ小児科医によるへっぽこ育児ダイアリー+α。父親と小児科医の視点から日本の医療と世相を斬って斬って斬りまくる、なんてことはなく、日々思ったことを綴ります。何かと大変な育児、読んでいただいた人に少しでもお役に立てれば良いのですが。。。

乳児ボツリヌス症での死亡例のニュースを聞いて思うこと

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どうも、あんきろさんです。
長らくご無沙汰しておりました。

新年度になり新人の教育係や何やらで思った以上に忙しく、ブログを書くどころかインターネットをうろうろする時間もなく過ごしておりました。
年度末にセブンイレブンのしょうもない記事(セブンイレブンの店員殿に一言申したい)なんか書かずに、もうちょっと雑用を消化しておけばよかったと反省しきりです。

はてブのコメントで「2児の父の小児科医でこんなことをグチグチ書けるってなんか凄いな(悪い意味で)」というコメントをいただきましたが、おっしゃる通りです。返す言葉もございません。

 

さて、そんな忙しい新年度も昨日ぐらいから落ち着いて来て、ようやくyahooニュースを眺めるくらいの時間ができたところに、衝撃のニュースが飛び込んできました。

www3.nhk.or.jp

乳児ボツリヌス症による我が国初の死亡例の報告です。
はてなブックマークのコメントもたくさん付いていて、「乳幼児にはちみつがダメなのは常識だろ」みたいなコメントもたくさんあるのですが、中には「30年で1件だからそんなに心配することないんじゃない?」みたいなコメントもありました。

確かに、30年で1人しか亡くならない病気というのは普通に考えればあまり心配しなくていい病気に思えます。
ただ、ここで気をつけて欲しいのは、乳児ボツリヌス症は「30年で1人しか亡くなっていない」のではなく、「30年で死亡例が1例しか報告されていない」ということです。
この2つは似ているようですが、全く違います。

乳児ボツリヌス症の主な症状は
・元気がなくなる
・体の力が入りにくくなる(お座りできていたのができなくなる、首がすわっていたのが安定しなくなるなど)
・便秘
・おっぱいの飲みが悪くなる
などですが、これらは神経系の疾患でよく見られる症状で、乳児ボツリヌス症に特有の症状というのはありません。
進行して痙攣が起こったり呼吸不全が進行するのも同様です。
つまり、疑って検査しないと診断できないわけですが、確定診断のための検査は一般の病院で行えるようなものではなく、保健所にお願いして検査してもらわなければいけません。

しかも、日本での乳児ボツリヌス症の発症は1年に1-2例程度なので非常に稀な疾患です。もちろん僕は見たことがないですし、全国の多くの小児科医が見たことがないはずです。
そのような稀な疾患を非特異的な症状から疑うことはなかなか難しいです。

この亡くなったお子さんの経過が全然わからないのでなんとも言えないところですが、もし仮に、数日前からなんとなく元気がなくて、ある日痙攣を起こして救急搬送されて入院になって、入院後も症状の改善がなくて呼吸不全が徐々に進行していく、というような経過であれば、何らかの脳炎・脳症を疑うのが多くの小児科医の考え方ではないかと思います。
脳炎・脳症には原因がはっきりするものもありますが、なかなか原因がはっきりしないものも多く、「何かの脳炎・脳症だと思うけど・・・」というので治療されているうちに亡くなる症例というのは、多くはないですが全国で年に数十例くらいはあると思います。
そういった症例で乳児ボツリヌス症を疑える小児科医がどれくらいいるかはかなり微妙なところです。
僕も、症例の経過を全部出されて、考えられる疾患を述べなさいという問題で出てきたら、考えられる疾患リストの下の方に書けるとは思いますが、実際の症例で出会ったときに乳児ボツリヌス症の可能性を考えて「はちみつ食べさせた?」と聞くことができるかというと、はっきり言って自信がありません。
今回は担当医が疑って保健所に連絡したため診断が確定したわけですが、同じ経過でも、原因のはっきりしない脳炎・脳症として治療されるケースは少なからずあると思います。

また、乳幼児突然死症候群(SIDS)という、それまで元気だった乳幼児が、なんの予兆もないままに突然死してしまうという症候群があり、乳幼児の原因不明の突然死をまとめてそう呼ぶのですが、その不明な原因のうちの一部に乳児ボツリヌス症が含まれているのではないかという報告があります。

つまり、今回全国で初めて乳児ボツリヌス症による死亡例が報告されましたが、それは氷山の一角であって、本当はもっと多くの子どもが乳児ボツリヌス症によって亡くなっている可能性が高いということです。

今回、不幸にも生後6ヶ月の赤ちゃんが亡くなってしまいましたが、そのご冥福を祈るとともに、これをきっかけに世間への乳児ボツリヌス症への啓発がさらに進むことを祈ります。
また、その診療にあたるかもしれない小児科医として、1歳未満の子どもの神経症状には乳児ボツリヌス症の可能性を十分に考えておかなければいけないなと、切実に実感しました。