パパのお父さんはへっぽこ小児科医

へっぽこ小児科医によるへっぽこ育児ダイアリー+α。父親と小児科医の視点から日本の医療と世相を斬って斬って斬りまくる、なんてことはなく、日々思ったことを綴ります。何かと大変な育児、読んでいただいた人に少しでもお役に立てれば良いのですが。。。

長引く咳の対処法〜その風邪薬、本当に効いていますか?〜

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どうも、あんきろさんです。

4月からの保育園・幼稚園入園に向けて慌ただしく準備を進められている方もいらっしゃると思います。
集団生活を始めると、ほぼ全ての子が風邪の洗礼を浴びて咳・鼻に悩まされることになります。
特に咳についてはなかなか良くならないことが多く、外来でもよく相談されることがあるので、今回は長引く咳の対処法についてみていきたいと思います。

 

 目次

咳はどうして出るの?

まずは咳が出る機構についてみていきましょう。

人間は他の動物に類を見ないほど複雑な発声能力を持っています。
この発声能力のために複雑なコミュニケーションが可能となり、現在の繁栄(?)を謳歌しているわけです。

しかし、この複雑な発声能力のために犠牲にしているものがあります。
それは「体における空気と食物の通り道の分離」です。

複雑な発声能力のためには、舌を自由に動かせる広いのど(医学的には「咽頭」と言います)が必要なのですが、この咽頭を広げてしまったために、空気も食物もこの咽頭を通らないと肺や食道に到達できなくなってしまったのです。
つまり、人間では空気と食物が同じ経路を共有してそれぞれの目的地(肺や食道)を目指すことになるのです。
このことが意味するのは、咽頭を空気が通っているときは食物は通れないし、食物が通っているときは空気は通れない(=呼吸と飲食は一緒にはできない)ということです。
これは人間に特有で、例えば人間に近いチンパンジーは咽頭が狭いので、鼻の空間(鼻腔)を空気の通り道の入り口である喉頭につなげることができるので、水を飲みながら鼻で呼吸することができます。
ちなみに、人間でも赤ちゃんは咽頭がチンパンジーに近い構造なので、おっぱいを飲みながら鼻で呼吸することができます。もちろん、その一方で複雑な言語は話せませんが。
呼吸と飲食が一緒にできないだけなら大きな問題はないのですが、この構造の問題点は、食物の通り道に空気が、空気の通り道に食物が紛れ込んでしまうことがあるということです。
前者はあまり大きな問題はありません。ただ空気を吐き出せば良いだけです。そう、げっぷですね。
一方で、後者は非常に大きな問題です。前回の記事(「子どもの誤飲について小児科医が語ってみるよ」)で異物誤飲について書きましたが、気道異物のところで触れたような窒息が起こってしまいます。

前置きが長くなってしまいましたが、このように窒息の危険と隣り合わせの人間の喉の構造において、窒息を防ぐために発達したのが咳という反射です。

本来食道に行くはずの食物が気道の入り口である喉頭に流れこもうとすると、それを感知して咳が出るわけです。
同様に、風邪を引いて鼻水がたくさん出てそれが喉頭に流れこんだり、気管の浅いところで分泌物がたくさん出たりすると咳が出ます。
こうした物理的刺激の他に、化学的な刺激によって(ガスや煙など)咳を引き起こすような反射の機構も存在しています。
寒くて乾燥した時に大きく息を吸い込むと咳き込んだり、アレルギーで咳き込んだりするのはこのためと考えられます。

こうした咳が出る機序を考えると、よく「咳は体の中に入り込んだウイルスなどの病原体を体の外に出すために出ている」と言われますが、これは嘘というか、真実ではないことがわかります。
体が病原体を排除しようとして分泌物をたくさん出すのに反応して咳が出ているだけで、咳自体には病原体を排出する作用はないわけです。
むしろ、ウイルスや細菌は咳によって人から人へ移っていくわけで、ウイルスが人間の咳という機構を利用していると考えられます。
ウイルスや細菌は進化が早いので、気道の感染を起こすウイルスが多いのはそういう理由だと考えられます。
ちなみに2番目に多いのはお腹の風邪のウイルスや細菌だと思いますが、彼(彼女?)らは人間の嘔吐や下痢といった機構を利用して増えていっているわけですね。

長引く咳の原因は?

ということで、上で見たように咳が出る原因は大きく分けて喉頭へのと化学的な刺激の2つになります。
物理的な刺激の代表は風邪による鼻水その他の分泌液で、化学的な刺激の代表はアレルギー性の咳です。

子どもの長引く咳の原因は、最近は特に年長児を中心にアレルギー性の咳が増えていますが、大多数は感冒後咳嗽といって、風邪を引いた後もしばらく(数週間〜1ヶ月単位)咳が続くという状態が原因となっています。

この感冒後咳嗽は分泌物による物理的な刺激の影響もあるのですが、化学的な刺激によって咳が起こる閾値が下がって咳が起きやすくなっているという側面もあります。

その他の長引く咳の原因としては、頻度は低いですが結核・マイコプラズマ・クラミジア・百日咳などの咳が遷延しやすい感染症、気道異物、腫瘍、胃食道逆流症などがあり、1ヶ月以上咳が続いたり、咳以外の症状が見られるような場合は可能性を考えていきます。

よく、咳が長引いていると喘息じゃないかと言われて喘息の薬をもらっていることがあります。
確かに、ぜいぜいがなくて咳だけが見られる「咳喘息」というのが喘息の一種としてありますが、子どもにはほとんどないんじゃないかという意見もあります。
個人的にも、これは咳喘息だなという症例は大人では見たことがありますが、子どもではほとんどみたことがありません。

長引く咳の対処法は?

タイトルから大々的に「長引く咳の対処法」と書いておきながら大変恐縮なのですが、実は長引く咳、特に感冒後咳嗽に有効な対処法はほとんどありません。
まさにタイトル詐欺です。深く陳謝いたします。

とはいっても、長引く咳で小児科を受診すると色々なお薬をもらうと思います。
中には必要な薬もあるのですが、実は必要のない薬がたくさん出されていることもあって、そういった人に「薬が全然効かないじゃないか、このクソ医者め」みたいな感じで怒られるので、その辺りの現実を知っていただきたくてこの記事を書いているのです。
がっかりせずにもう少しおつきあいいただけますと幸いです。

ということで、長引く咳によく処方されるお薬がどんな時には有効で、どんな時には無効かをここではみていきたいと思います。

①鎮咳薬

その名の通り、咳を鎮めてくれる薬です。よく処方されるところではメジ○ン®やアス○リン®などですね。
とはいえ、名前とは裏腹に、小児では効果があるという研究結果は見当たりません。
むしろ、症状を長引かせるという報告は見つかります。
大人では幾つか、ちょっとだけ効果があるという報告はあるんですが。

②去痰薬

ムコ○イン®とかムコ○ルバン®とかですね。
これまた子どもでの有効性についての報告はありません。
ただ、作用機序からは悪さはしないような気がしますし、なによりムコ○イン®はピーチ味で非常に美味しいので、個人的には、風邪症状の子どもに唯一積極的に使用する薬です。
ちなみにムコ○ルバン®はなんとなく人工的な甘さが美味しくないので、ムコ○イン®単剤で出します。

③抗生剤

マイコプラズマ・クラミジア・百日咳などが原因の咳には効果がありますが、それ以外には効果はありません。
周りに同じような症状の子どもがたくさんいる学童期の子どもにはマイコプラズマを狙ってジス○マック®を出すことがありますが、適応は長引く咳のうちごく限られた一部だと思います。
よく膿性の鼻水が出ているから、とかいう理由で抗生剤が出されますが、ほぼ無駄です。

そういえば前に抗生剤の記事を書いていたので興味のある方はどうぞ。

www.heppoco-pediatrician.com

④ホク○リンテープ®

いきなり名指しですが、本当によく処方されています。
ところが残念なことにあまり効きません。
ホク○リンテープ®が効くのは喘息の発作予防だけです。
起こってしまった喘息にも効かないので、喘息が原因で起こっている咳にも効きません。
このホクナリンテープ、気管支炎に対する適応が通っているのですが、その根拠になった研究がなかなかすごい研究で、咳を主訴に受診した こども55人を対象にこのテープを貼ったら、3-4日後に70%以上が症状の改善を認めたという結果から効果ありと判断しているのですが、比較する対象(例えば効果のないただのテープなど)がないので、本当に薬の効果で咳が良くなったかどうか判断できません。
そりゃあ風邪の咳は3-4日したら70%くらいは自然に良くなるんじゃないかと思うんですがいかがでしょう。

⑤坑ヒスタミン薬

抗アレルギー薬、いわば花粉症の薬です。
アレルギーが原因の咳であれば効果があるのですが、それ以外には無効です。
アレルギーを抑えるのとは別の効果で分泌物を減らす作用もあるので、それを狙って出されている時もあります。
鼻水が大量に喉に流れ込んで咳を誘発している時はこの作用で咳止めの効果があるかもしれませんが、逆に分泌物の粘性が上がって排出しにくくなることもあるので、そういった場合は咳は悪化することもあります。

じゃあ結局どうすればいいの?

なかなか治らない咳、とくに夜間にひどくなって眠れないような咳は本人も家族も非常に辛いのですが、基本的な姿勢としては、風邪が原因であればそのうち咳は絶対治っていくものなので、辛抱強く待つしかありません。
上に挙げた薬以外で少しでも有効かなと考えられるものを最後に幾つか挙げておきます。

はちみつ

幾つかの限られた研究ではありますが、はちみつが鎮咳剤より有効に咳を抑える効果があったという報告があります。
とはいえ、鎮咳剤自体はあまり効果がないと思ってもらって良いので、はちみつの効果も推して測るべしです。
ただ、はちみつは処方されなくてもお家であげることができるので、やってみて悪いことはないと思います。
注意点としては、1歳未満はボツリヌス感染の危険があるので服用させてはいけません。

加温・加湿

これまた限られた報告しかありませんが、加温・加湿が効果的であるという報告は散見されます。
乾燥した寒いところはタダでさえ咳が出やすいので、過ごしやすくして悪いことはないだろうなと思います。
加湿器を使う時はかび等の繁殖には要注意です。

禁煙

もし家庭内にタバコを吸っておられる方がいるのであれば、咳に対していいことは一つもないので、子どもの前ではさっさと禁煙されることをお勧めします。
外来をしていて、タバコの臭いをプンプンさせながら「子どもの咳が治らない」などと言われるとどっと疲れます。
タバコは喘息発作の誘因にもなりますし、子どもがいるところでは吸わないようにしてあげてください。

最後に

咳を含めた風邪症状で受診された患者さんは、細かく情報提供を受けて症状に対してしっかりと共感してもらった場合、抗生剤を処方された時と比べて満足度が高いという研究結果があります。
こうしたことを踏まえると、安易に薬を出すのではなく、しっかりとなかなか効く薬がないという話をすることも治療なんだと思います。
とはいえ、特に救急では忙しくてなかなか難しいんですけどね。