パパのお父さんはへっぽこ小児科医

へっぽこ小児科医によるへっぽこ育児ダイアリー+α。父親と小児科医の視点から日本の医療と世相を斬って斬って斬りまくる、なんてことはなく、日々思ったことを綴ります。何かと大変な育児、読んでいただいた人に少しでもお役に立てれば良いのですが。。。

座薬vs飲み薬 〜仁義なき解熱剤戦争〜

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こんにちは、あんきろさんです。

タイトルはふざけてますが、今回はけっこうマジメな内容です。

戦争とは無縁の世界と思われるお菓子業界にも「きのこたけのこ戦争」という凄惨な戦争があるように、やはり小児科の世界でも戦争は避けられません。
その最大の戦いはやはり、解熱剤における「座薬vs飲み薬戦争」です。
今回はその不毛な戦いに終止符を打つべく、あんきろさんが立ち上がりましたよ! 

はじめに

医者「解熱剤出しときますね、粉薬と座薬どっちがいいですか?」
保護者「どっちが効くんですか?」

日本全国津々浦々の小児科外来において繰り返されているシュチュエーションだと思いますが、いい加減このやり取りにも疲れたので、ゲホゲホ、本当によく聞かれる質問なので、そういうことをちゃんと発信するのが小児科医の仕事だろうということでここで書いてみます。
おっ、ブログ開始10日目にしてようやくまともなことを書きました。

一般的な印象では?

おそらく、座薬と飲み薬に対する一般的な印象は、「座薬の方がお尻から直接吸収されるから早く効ききそう、よく効きそう」というものではないでしょうか。
このイメージ通りの薬もあるのですが、実は子どもに使用される解熱剤であるアセトアミノフェンは違います。
薬を使用して体内に吸収されてから最終的に体外に出るまで、どのように薬が体の中で振舞うかということを薬物動態と言いますが、薬物動態的には実はアセトアミノフェンは内服(飲み薬)の方が早く、しかも良く効きます。

具体的に見てみましょう

薬物動態を示すパラメータでCmaxとTmaxというのがよく使われます。
Cmaxは最高血中濃度(Cはconcentrationの頭文字)のことで、高いほど体内での濃度が高くなるので薬の効果が上がります。
一方でTmaxは最高血中濃度到達時間(Tはtimeの頭文字)のことで、短いほど早く血中濃度が上がるので早く効きます。
つまり、同じ成分の薬なら理論上はCmaxが高くてTmaxが短い方が早く良く効くということです。

子どもに使用する解熱剤であるアセトアミノフェンでこれを確認してみましょう。

同じアセトアミノフェンでもいろいろな商品名のものがあっていちいち比べると大変なので、よく使われるものとして座薬はアンヒバ®(マイラン)、内服はカロナール®(あゆみ製薬)を代表選手に勝手に選びました。
すごくどっちでもいいことなんですが、よく使っているカロナールがあゆみ製薬という聞いたこともない製薬会社の製品だと知って地味に驚きました。(調べてみると、あゆみ製薬というのは参天製薬のリウマチ事業と昭和薬品の鎮痛薬事業を継承してできた会社らしいですね)

どっちでもいい話は置いといて、薬物動態です。
データはPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)のホームページから薬剤の添付文書(アンヒバカロナール)を引っ張ってきて調べています。
いずれも健康成人にアセトアミノフェンとして400mgを単回投与した時の値です。
小児の薬物動態は少し異なると思いますが、傾向としてはほぼ同じと考えてよいと思います。

それでは実際に見ていきましょう。

まずCmaxです。
アンヒバ:4.18±0.31μg/mL
カロナール細粒20%(粉薬):9.1±3.2μg/mL
カロナール錠(錠剤):9.1±2.9μg/mL
見てわかるように、ダブルスコアをつけて飲み薬の勝利です。

次にTmaxです。
アンヒバ:1.60±0.16時間
カロナール細粒20%(粉薬):0.43±0.23時間
カロナール錠(錠剤):0.46±0.19時間
これまた飲み薬の方が圧倒的に効きが早いです。

このように薬物動態的には、飲み薬の方が早く良く効きます。

なんでこうなるの?

通常、飲み薬が血中を巡って効果を発揮するようになるまでには2つの関門があります。
1つは消化管での吸収、1つは吸収された後の肝臓での代謝(効果のない、もしくは効果の低いものに変換されること)です。
一方で、座薬にはこの関門がありません。
このことから、消化管での吸収の効率が悪かったり、吸収された後に肝臓で薬剤の多くが代謝されたりするような薬剤だと、座薬の方が早く良く効きます。
しかし、アセトアミノフェンは消化管からの吸収が早く、吸収後の肝臓での代謝も多くないので、座薬のアドバンテージがありません。
しかも、アセトアミノフェンの座薬は基材が脂の塊であるハードファットなので、溶けるまでに時間がかかるのでむしろ吸収に時間がかかるのです。

実際に使ってみると・・・

ここまでの情報からは座薬より飲み薬の方が早く良く効きそうですが、実際にそうなのでしょうか?
処方している印象だと、飲み薬の方がよく効くというイメージは全然ありません。
実際、恥ずかしながら僕は、小児科医になって数年間は座薬の方が早く効くと思ってました。
しかし、この世界において個人の感想ほどあてにならないものはないので、こういう時は論文の出番です。
2002年にScolnikという方がPediatricsという雑誌に出した論文で近い検討がされています。興味のある方はPubmedのリンクを載せておきます。

Comparison of oral versus normal and high-dose rectal acetaminophen in the treatment of febrile children. - PubMed - NCBI


この論文では、通常量の座薬と飲み薬、高用量の座薬の3群でアセトアミノフェンを投与してどの群が一番よく効くかという検討がされているのですが、3群間で体温の下がり方に有意な差はないという結論になっています。
つまり、座薬で投与しようが飲み薬で投与しようが効果は一緒ということで、普段の印象とも一致します。

その理由ははっきりしませんが、ある程度血中濃度が上昇すれば十分な効果が発揮され、それ以上血中濃度が上昇しても効果は変わらないということなんでしょうね。

結論は・・・

ここまで難しい話を長々と書いてきましたが、結論は単純です。
「理論上は飲み薬の方が早く良く効きそうだけど、実際に使ってみると実感できるような効き目の差はない」ということです。
じゃあどっちを使えばいいの?ということですが、効き目以外のメリットとデメリットを比較して選択するということになります。
飲み薬のメリットとしては、他の薬でも普段から使う剤形なので、慣れていて使いやすいということです。やっぱり座薬は嫌がる子が多いですし、保護者も座薬は入れたことがないから不安という人がいます。
一方で、飲み薬のデメリットは、発熱のためにしんどくて水分も取れないような時は飲ませられないということです。
その点、座薬はどんなに嫌がろうとお尻の穴に入れるだけなので、確実に投与することができます。
この辺りのメリットとデメリットを比較して、使いやすい方を使うという方針で問題ありません。

最後に

柄にもなく真面目に語ってしまいました。
ちょっとでも皆さんのお役に立てていればいいのですが。
でも良く考えてみると、結局当初の目的であった不毛な戦争に終止符を打つという目的は達成できてませんね、残念!